☆彡思い出の回廊Ⅳ — 私が期待しているものって
〔前回のあらすじ〕
放課後、レイは宣言通りに「一番高いプレミアムアイス」を奢ってくれた。直後に政敵の西村に遭遇し二人の関係を揶揄されるが、レイはそれを「恋愛よりもずっと大事な最優先事案」とうそぶく。呆然とする西村を残してレイに突然手首を掴まれ、私は驚き戸惑いながらも夜の海沿いへと引っ張られていく。強引に引かれた手の温もりと潮風の心地よさの中で、私の心は不思議なほどじんわりとあたたかくなっていた——。
西村から逃れるように夕闇迫る海沿いを駆け抜け、私たちは駐車場の端、海へと続くコンクリートの防波堤に辿り着いた。
少し息を切らしながら、二人で並んで腰を下ろす。目の前には、薄闇に完全に包まれようとしている広大な海。潮風に吹かれながら、少し溶けかけたプレミアムアイスの封を切ると、濃厚で冷たい甘さが口の中に広がった。
「……美味い?」
風に髪を揺らしながら、レイが横目で私を見た。
「うん、すっごく」
「そりゃよかった」
彼は自分の安いソーダアイスを無造作にかじりながら、再び視線を水平線へと戻した。
言葉はなくても、不思議と沈黙が心地いい。隣に座る彼の体温や、波の音を聞きながら、今どんなふうに心が凪いでいるのかが、じんわりと私の内側へ流れ込んでくる。理屈ではない、深い意識の底で重なり合うようなこの感覚。
「……なんだよ、人の顔ジロジロ見て」
「べつに。ただ、あのドケチなレイが奢ってくれたアイスは、特別美味しいなって思ってただけ」
「性格悪いな、君は」
呆れたように笑う彼の横顔は、教室や西村の前で見せたあの隙のない表情から一転して、どこか無防備で柔らかかった。
藍色に沈みゆく空が二人の輪郭を淡く溶かす中、私は少しだけ姿勢を正し、ずっと胸の奥でくりかえしていた言葉を口にした。
「……さっき、西村くんに『最優先事案』って言っていたよね」
波の音に紛れそうな私の小さな声に、レイは少しだけ意地悪く口角を上げた。
「ん? ああ。せっかく奢らされた一番高いアイスが溶けそうだったからな。あれ以上の最優先事案はないだろ」
しらばっくれるようなその言葉は、コンビニの前で西村から逃げる時に彼が使った言い訳そのままだ。けれど、私が聞きたいのはそこじゃない。
私は彼の冗談には乗らず、ただ真っ直ぐに彼の横顔を見つめて言葉を継いだ。
「……恋愛なんかよりも、もっとずっと大事な話、って」
私のひるまない声色に、レイはアイスを持った手を止め、観念したように小さく息を吐いてこちらを向いた。
「ああ、言ったな」
レイはもう誤魔化すこともなく、ただ真っ直ぐに私を見つめ返した。その瞳の奥にある揺るぎない温度が、意識の深い部分を通じて直接伝わってくる。
(恋愛なんかよりも、ずっと大事な関係……)
私は静かに目を伏せ、冷たい潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
世間一般の言葉で言えば、私たちはきっと『両想い』なのだろう。でも、そのありふれた枠組みに私たちを当てはめるのは、ひどく窮屈に感じられた。
決して、恋愛感情に達していない『恋愛未満』じゃないんだよ。むしろ逆だ。 ただ好きだとか、付き合っているとか、そんな表面的なラベルでは到底括りきれないほど、私たちの魂はもっと根源的な場所で強く結びついている。
距離が離れていても、言葉を交わさなくても、お互いの存在が重なっていく。この繋がりこそが、私という存在の輪郭を確かめるための『現実』そのものになっていた。彼にとっても、きっと同じなのだ。だからこそ、彼はあんなにも堂々と、私との関係を『最優先事案』だと言い切ってくれた。
「……君が期待している通りでいい、そういうことだろ」
不意に、レイがぽつりと呟いた。私が心の内で巡らせていた思いを受信したかのように、彼の声は恐ろしいほど優しく響いた。
「うん……」
小さく頷くと、レイはふっと目を細め、夜の海へと再び視線を向けた。
特別な言葉のやり取りは、もう必要なかった。隣で同じ景色を見つめ、同じように波の音を聞き、互いの意識が溶け合うような静寂を共有する。ただそれだけで、心が満ち足りていく。
星が瞬き始めた夜空の下、静かな波の音だけが、私たちの重なり合う意識をいつまでも優しく包み込んでいた。

☆売れない小説家路線も一年も続けていると少しは板についてきたかな。だといいですが、次の木曜日は、札幌で大きめの学会が開催される関係上、卒業生で集まることになったので夜遅くなりそうです。